2009年2月28日土曜日

点字プリンタ

 08年2月28日(土)午後10時
 今日は曇り。今日も暖かった。3月の気温が記録されていると思う。最近書いている手の訓練は少しずつ進んでいる。これがうまく行くと面白いかなとまだ毎日楽しみに続けている。ここまでは一昨日の文と全く変わらない。さて、今日は午後の手の訓練も無事に終わったし、土曜で仕事は休みにもかかわらず二人もあったし、夕食後パソコンに向かっていて心が足りている。携帯の予定を見ると「ブログを書く」となっているが、なんだかまだ落ち着いた雰囲気がなくブログは書けない。そこでラジオを鳴らしてみた。落語家と小説家とが話している。時代小説も書くひとなのだろう。その人が言う。「昔は一杯のお茶を出すことも大変なことであった」。まずお湯を沸かす。そのためには火を起こす。そのためには火種をもらってくるか、木を擦り合わせるかして火を手に入れなければならない。私はここまで聞いて、私の頭に浮かんだのは「点字プリンタ」であった。明日は私の家で鍼の勉強会をする。テキストを作るのであるが、普通のテキスト(漢字仮名交じり文)、拡大文字、点字と3種類を作るのであるが、この内の点字(目の見えない人の文字)のテキストを作る時に使うのが点字プリンタである。最近はお茶を沸かす時の火を起こす程の手間はいらなくなったが、しかしまだコストがかかり過ぎる。テキストを作る時の作業の手間は、お茶を沸かすために火を起こすようなことはなくなったが、コストに追いつくために一杯のお茶を飲むために、コンビニで2時間アルバイトをするような感じがする。しかしこの機械がなければ、それこそ火を起こす時の木を擦り合わせる作業に当たる「手作業によるテキスト作成作業」をしなければならない。マーッ、いろいろ考えたが点字プリンタはありがたい。

 
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2009年2月26日木曜日

いよいよ南町を出る

 08年2月26日(木)午後10時
 今日は曇り。今日も暖かった。3月の気温が記録されていると思う。最近書いている手の訓練は少しずつ進んでいる。これがうまく行くと面白いかなとまだ毎日楽しみに続けている。 ところで、今日は歩くことを書きたい。以前に書いた、私がかってに付けた名前の「南町」が、私の家から南に100メートルの所にある。その中を端っこに向かって歩いていて、ついに今日この町の南端に出た。一昨日から本当は少し歩く距離を延ばしてこの町の南端から外に向かって歩かなければならなかったのであった。しかもこのことはちゃんと携帯電話の予定表に入っていたが、雨やタイミングの問題で二日間お休みとなっていて、今日まで一昨日と同じ距離、つまりこの南町の南端までとした。そして奥さんと話し合って、南端に左右につまり東西に横切る道を左へ少し行くことにした。これからは、明日1軒、来週2軒ではなくて、来週からはお宮までとか、明後日からは用水路の始りまで等という目標にまた歩く場所をいい表すことができるようになり、大変ありがたい。
 
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2009年2月23日月曜日

仕事に結びつく手の訓練 2

 09年2月23日(月)午前11時55分
 今日は朝から夜来の雨が少し残っていて、これを書いている今も部屋にお日様は入っては来ていない。しかし冬にしては暖かく、お天気はまだ良い方向へは行かないのかも知れない。さて、前回はダンボールを取り替えて、手の、正確に言うと肩と腕との訓練であるが、それを始めた事を書いた。昨日もそれをやったが、なかなか時間がかかる。腕が上がらずに一休み。メールの受信などをして数分を過ごす。またブロックを握って腕を挙げてみると、何とか上がる。これならいけると更に続けていると、また上がらなくなる。また休む。やや心が萎えて来た時間をあけてやってみると、また腕は上がる。結論は「鍼の楽しみのためだ。少しぐらい大変でもやる価値はある」である。
 
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2009年2月21日土曜日

仕事に結びつく手の訓練 1

 09年2月21日(土)午後11時半
 今日は晴れて冬にしては暖かかった。昼からは叔母の旦那さんを見舞おうと思い、歩く練習を外でしようとして午前中にレイの南町へ行ったら懐かしいことに出会った。おそらく小学生であろう。二人の子供が「チヨコレイト」とか「パイナツプル」とか言いながら大股で歩数を数えながら道路で遊んでいた。私の子供のころも50年前にもかかわらず、やはり「パイナツプル」であり「チヨコレイト」であった。何十年も経った今でも、同じ遊び方が伝わっているとは面白い。単純であろう。こんなことで私の気分は大変良くなった。こんなことで午前中は過ぎた。そのために、単純な私の気分良さは午後も続いた。午後は気分を良くして出かけたが、叔母の旦那は外出していなかった。今日はこれで一勝一敗かなと思って家に帰ったら、家では素晴らしいことが待っていた。何時も昼からは訓練の時間である。いつものように、作業台で手の訓練を始めようとした私は、訓練に使うダンボール箱を取り替えなければならなかったことを思い出した。そこで私は、家人に頼んで物置から段ボールを持ってきてもらった。そのダンボールを作業台に乗せる。そのダンボールの上に訓練の道具(子供の玩具のブロック)を入れた平たい金属の箱を置く。これでその金属の箱の上の淵の高さは、私の眉間までになった。これまでのその金属の箱の淵の高さは私の口の高さであった。つまり口から眉間の高さの分だけ、ダンボールを高くした訳である。さて、訓練を始めた。ベッドに腰掛ける。そしてそのベッドの上で、自分の直ぐ左の脇に箱の中のブロックをぶちまけた。そしてそのうちの一つを左の手で掴んだ。手を目の前の作業台の上に乗っている空の箱にその掴んだブロックを入れようとして持ち上げた。手はやっと箱の淵に届くが、手の高さが少し足りずに淵にブロックが引っかかって箱の中に入らない。そこで手を元に戻して今度は勢いをつけて箱の淵を超える高さまで手を振り上げる。今度は何とか手が箱の淵を超えて、その箱にブロックを落とし込むことができた。 この感覚は以前にも味わったことがある。金属の箱が私の口の高さに置かれていた時である。それを思い出した私は、大変な訓練にもかかわらず、喜ばしい気持ちでいっぱいになった。そうだ。これを乗り越えて訓練が進むと、いよいよ腕がもっと上に上がり、仕事ができるようになるだろう。こんな事を私は確信して大変喜ばしい気持ちになったのである。後一月もすれば、できなかった肩頚の鍼もなんなくできるようになるであろう。今日は二勝一敗であった。
 
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2009年2月19日木曜日

歩く

 09年2月19日(木)午前12時
いま発信してから題名が無いのに気づいたそこでまた書くことにした。

 今日は曇り。
 今日は昼から雨だとラジオで聞いたので、どうしても朝から外を歩こうと思っ
ていた。最近は、家の軒数を数えて行くことを終わりにして(7軒で終わった)
その当たりの目印になる物を目標にすることにした。少し距離が延びたためにこ
んな変化が出てきたことを喜びたい。
 脚と違って手の方は、2回目に出血した時と同じところまで回復したが、脚の
訓練に手ほどは力を入れなかったので、脚の回復はまだ良かった時の半分ぐら
いである。何と言っても仕事をするのに手が必要なのでこれで良いと思っている。
 ところで、外を歩く目標は南町(仮名)の出はずれである。
 我が家の南側に10軒余り新築の家がある。見た目も、そこを歩いている人も、
感じの良い町である
私はそれにかってに「南町」と名付けている。

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2009年2月16日月曜日

支援会11支援事業

 08年2月16日(月)午後11時
 今日はほぼ晴れたが、少し曇ったりもして冬空であった。風も冷たかった。雪
が阿蘇や九州山脈に降っているという人もあった。
前回は、支援会の支援事業の始りを書いたが、今日はその続きである。
 一昨日も書いたが、今年の被支援者の山岡さん(仮名)は、数年前に鍼の治療
院を開業している人で、勉強会の時に支援会のことを知り、会員になっていた
だいている方である。
 さて、家の奥さんと車で山岡さん宅に向かった。彼が開業した時にお邪魔した
以来である。
 居間に通されてお茶をいただきながら、チラシや看板の話をしようとすると、
彼は言った。
 「今度話をお聞きして考えたのは、チラシや看板のことではなくて、治療室の
カーテンや壁を変えて治療室の雰囲気を変えたいということでした。」
 そこで私たちは治療室に入ってみることにした。居間から廊下に出て玄関を
入ったところに立ってみると玄関を入ると左前に治療室があった。これを見て私
は数年前に開業の相談でお邪魔した時のことをはっきりと思い出した。
 治療室の壁とカーテンを見て家の奥さんが言った「なるほど、これなら換える
価値がある」 私はそれを聞いて、よし、今年はそれで行こうと思った。
 再び居間でお茶をいただきながら彼の開業の頃の思い出話をして1時間余りで
私たちは帰路についた。
 帰りの車内で私は考えた。もっと支援会のことを多くの人に分かってもらって、
支援力を増し、もっと鍼が世間に認知してもらえるように頑張ろう。
 
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2009年2月14日土曜日

支援会10(被支援者)

 08年2月14日(土)午前9時
 今日は曇り。今日も暖かい。10°は越していると思う。
前回は、支援会の会員になってくれた知人と饅頭のことを書いたが、今回は支援
会の最も大切な事業をこれから今年も始めようとしているところなので、今日は
それを書きたい。
 「こんにちは、今年は貴方を主被支援者になっていただこうかと役員会で相談
しましたが、受けてもらえますか」と私は電話で尋ねた。
 「はい、ありがとうございます。」と山岡さん(仮名)
 「それでは、その内容の相談にお邪魔したいのですが、今度の土曜日の都合は
どうですか」この私の電話を了解してもらった山岡さんの自宅に今日行くことに
している。
 この「被支援者」とは、私が最近ここで書かせてもらっている「あすなろ支援会」
の支援事業の対象者のことで、昨年も一人の被支援者の方は仕事がうまく行き始め、「自分もこれからは支援する側になります」と言って支援会の仲間になってくれた。
 今年の被支援者の山岡さんは、数年前に鍼の治療院を開業している人で、勉強会の時に支援会のことを知り、会員になっていただいている方である。少ない予算での支援をどうしたら良いか、今日は彼とゆっくり話し合ってみたい。 
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